四川省で発生した大地震は、やはり自然環境を完全に無視して強硬な水源開発を推進してきた共産党独裁政権が原因の忌まわしい人災だったのである。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20080516
情報筋の話によれば、三峡ダムの強い地震が起きる可能性についての調査では、ダム建設に反対する専門家は排斥された経緯があるという。ダム建設に反対し た、ある地質専門家は海外の地質専門家数人と共に同ダムで強い地震が起きる可能性を論証しようとしたが、中国の関連部門は地質資料が国家秘密であることを理由として、専門家に閲覧させなかった。
専門家は、三峡ダムがもたらす地域の地質学的影響に対して、懸念している。貯水池の水位が上がれば上がるほど、災害が発生する可能性が高くなる。水位が156mを超えてはいけないという請願書に53人の科学者が署名し、さらに去年は、中国人民政治協商会議が水位が156mに達する時期が予定より早まってはいけないという報告書を国務院に提出したものの、このような懸念は却下され、工事は強行された。
小さなダムなら貯水量も小さいから想像が出来ないが、三峡ダムほどの大きな貯水池が出来ると400億トンもの重量物が地盤の上に置かれることだから、地盤が圧迫されて断層が破断して地震が起きることは科学者も予測していた。しかし中国は独裁国家であり、全人代で決定されてしまえば三峡ダム建設が強行された。
だから四川大地震は天災というよりも人災に近く、数万人の死者は中国政府が犯人のようなものだ。しかも科学者などが工事を強行すれば地震が起きることが予測されていたから責任は免れない。しかし中国は共産党独裁国家だから政府への批判は許されない。
1950年、長江水利委員会が設立され、三峡ダムプロジェクトの調査がはじまります。しかし批判的な意見があがり、反対派の李鋭と推進派の林一山が対立します。1958年、毛沢東は李鋭の意見を採り入れ、建設慎重派に方向転換します。その後、建設推進派は「彭徳懐事件」を利用して、建設反対派に「反党的」「右派分子」のレッテルを貼り、1959年に李鋭を失脚に追い込みます。
以降、長江水利委員会で三峡ダムに批判的なことを言う人々は「李鋭一派」「反党反社会主義」として追い出されてきました。現在の長江水利委員会は、日本の国土交通省の官僚と同じです。異を唱えず、一旦決まった計画をそのまま踏襲していくだけです。
中国の社会矛盾は激化していますが、そうした動きを抑えるためにも国家的プロジェクトの推進が必要とされているのかもしれません。三峡ダムや南水北調は、省をまたがって電力・水を供給するシステムです。これは省レベルではなく、中央政府、共産党指導の下でなければ実現不可能です。国家による大規模な「ライフライン」建設は、共産党が中国を支配していく格好の口実であり、威信を示す機会でもあります。

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