北朝鮮人権法案が自民・民主の両党で検討され始めたきっかけは、2004年11月、米国で「北朝鮮人権法」が成立したことに端を発する。
米国における同法案の目的は、北朝鮮の人権状況の改善を求めるため、脱北者に対して特別の支援措置をとることなどを内容としていた。そこで拉致問題を抱えるわが国こそが、同様の法律を検討すべきという声が起こり、2005年春頃から自民・民主両党のそれぞれで、ある意味で米国の法案をまねた法律案の策定作業に入り、双方とも条文化の段階まで至った経緯がある。
それが民主党のお花畑丸出しな愚案の押し付けに、しぶしぶ自民党案が折衷的に妥協せざるを得ない合意となり、脱北者支援を柱としたおかしな法案が成立しそうな見込みである。そもそも、朝鮮籍である脱北者に対して日本が永住権を与え、その生活を保障することについて、国民の充分な了解が簡単に得られるだろうか?この点に関する国民的合意を後回しにしての、無責任な法案可決を歓迎すべきではなかろう。また、現在の「出入国管理・難民認定法」との微妙な法的整合をどのように調整するのかといった技術的困難さも克服しなくてはなるまい。
さらには国内の問題だけではなく、もし日本が「脱北者」を無制限に受け入れると宣言した場合、脱北者を難民と認めず強制送還する非人道的政策を貫く中国や、不毛な太陽政策を堅持する韓国政府からの反発は想像に難くない。
朝鮮半島北部に於いて犯罪的政権が内包している本質的な非人道性の問題を包括的に解決していくための各国別法案として北朝鮮人権法案を捕らえてみるならば、その条文に於いても、脱北者に対する扱いを、「国際的連携による何らかの要支援対象」として位置づける妥当性はあるだろうが、国民が金正日独裁体制下に軟禁されている直接的な拉致被害国である日本の場合、この脱北者と拉致被害者とを同列の保護対象として扱うべきではなかろう。
少なくとも己自身の意思によって難民の道を選択しえた脱北者と、己の人生を丸ごと否応なしに奪われてしまった拉致犯罪被害者とは、まったく別次元の救済対象であり、これらを一緒くたに同一法案の条文に並べることは無用な混乱を招きかねない。或いは百歩譲って、当該法案で北朝鮮における人権侵害の態様としてひと通り並列的に列挙はしておくにしても、この両者は絶対に同格の扱いであってはならないのである。
拉致被害者の扱いに関しては、包括的な北朝鮮人権法案とは別個に、遥かに重要かつ優先度の高い事案として、諸々の経済制裁法案発動に直結させた形の独立した法案の成立が必要不可欠であると考える。すなわち、日本における北朝鮮人権法案とは、米国のそれと類似した水準では、飽くまで”人権”をキーワードとして北朝鮮犯罪政権に対する国際包囲網を狭めていく手段として活用するに留め、不用意に脱北者の受け入れに重点を置くものであってはならない筈である。従ってこの法案を上位に位置づけ、法案成立と同時に運用段階でより具体的かつ強力な形で実効性を担保することが可能な”拉致被害者奪還の為の法案”をも、同時並行で早急に成立させなくてはならないのだ。
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20060613AT3S1300C13062006.html
http://www.sankei.co.jp/news/060609/sei106.htm

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