どろが私を強いと言ってくれました。
これはスゴイ褒め言葉です。
強くて正しくて美しい人になりたい。
最近は、これに「楽しい」がつけられたらとも思う。
でも最初から強かったわけではないわけで。
ビビリで泣き虫で人見知りな私が強くなれたのは、祖母やBazinや前職の女性陣達のおかげです。
血統的な強さや、支えられている安心感や、前を行く人への尊敬。
それが強さの要素かなと思っている。
特に今は転職について考える時期なわけで、そうなるとアナゴのバイタリティは見過ごせない。
転職と婚活を一気にこなしていたよなぁ。
私の方が若いハズなのに。
せめてあの三分の一でも活動的にならなければと思う。
もともと好奇心が薄くて、それほど生きる気力も持ち合わせていない。
ふとしたことでダークサイドへまっしぐら。
とにかく時間がある限り眠ってしまう。
特に嫌なことが起きたときは。
もしくはフィクションの世界へ現実逃避。
つくづく根っこの部分がネガティブで、なんで生きていられるのか不思議。
先日、友人宅へ向かうために池袋から西武線に乗りました。
すぐに降りるため、入り口のすぐ傍に座りました。
右側に座った女性は、肌が白くて髪の毛も金髪に近い茶色をしていた。
色素の薄い全体の印象は、生きるパワーの無さに直結する。
必死になって携帯電話を操作している。
その左手首には無数の傷跡がありました。
見た瞬間に「うぅぅぅわぁぁぁ!!」と心の中で叫びました。
自分の同じ部分が痛いような気持ちになって、右手で押さえずにはいられなかった。
すぐに目をそらして、同調しないように心がけました。
スゴイ引力で、引きずられそうな気分だった。
見知らぬ人にも、これだけの痛みを感じる。
これが知り合いだったら、どうなっていただろう。
それは感受性の強さとか関係なく、人間が持つ根源的な本能だと思いました。
共感は「する」ものではなく、「してしまう」もの。
頭の中で、「イタイイタイイタイ.....」がグルグルしました。
彼女はその後も自殺行為をするだろうか。
それで命を落とすだろうか。
行為を繰り返すことで満たされるのだろうか。
もしも彼女が友人だったら、自分は何かできるのか。
そう考えると、もう無力さでどうしようもなくなる。
結局自分は弱いままだと気づかされる。
普段行っているクリーンセラピーも、結局のところは身辺整理でしかない。
いつ死んでも良い状態にいてこそ、生きようとする。
アーティストが作品を作らなければならないという強迫観念によってスランプに陥り、作るのを諦めた途端に創作意欲が湧いてくるのにも似ているかもしれない。
諦めからくる強さ。弱さと表裏一体の強さ。
そんなのまでカウントしなければ、強くなれない自分。
最近わかったのは、強くなくても弱いままで生きていける。
本当に開き直りです。
そんなんだから二連敗でも平気なのです。(笑)
もしくは何もわかっていないのが強さの理由かも。
平気でクレバスの上をスキップしているような。
無知で阿呆な分、恐いものを知らないという。。。
あ、そっちのがシックリくるな。(笑)

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