
予科練記念館「雄翔館」 「雄翔園」
「若い血潮の予科練の〜」と、若鷲の歌で知られている土浦海軍航空隊(現陸上自衛隊武器学校)。終戦を迎える昭和20年まで、日本海軍少年航空兵養成の中核的施設でした。予科練卒業生は、全国で約24,000人で、18,564人が、太平洋戦争で戦死しました。
昭和41年、予科練の碑「予科練二人象」が、昭和43年には予科練記念館「雄翔館」が予科練出身者により建てられました。記念館には、約1,700点の遺品がおさめられており、日本の昭和史を伝える貴重な記念館です。年間7万人余りが全国から訪れます。以上、
阿見町HP内より抜粋。詳しくは
こちらから。
雄翔園には予科練の碑「予科練二人象」があり、その前に献花台がある。以前行ったときは手ぶらで行ってしまったので今日、改めて心ばかりの献花をしてまいりました。雄翔館にて貴重な記録、遺書などを拝見していると若くして散った予科練生は、今の世を、私たちを、私を、どんな想いで見ておられるのだろうと胸が痛くなった。
撮影日 2008/6/10
カメラ ニコン クールピクスL3