いきなり年代物の写真でごめんなさい。僕の母方の曾祖母で“馬場ハツ“さんといいます。東京は駒形の人で、祖母が明治43年生まれで上に兄弟がいるから、たぶん明治15年前後の生まれだと思います。
このハツさんですが若い頃から 駒形のあの“どぜうや”さんで働いていました。祖母の兄もあの“どぜうや”さんの持つ土地・家屋の差配をまかされていました。うちの母の記憶ではハツさんはお店に出ると言うよりは お店に住み込みで奉公に来た娘さん達に礼儀作法を教えるのが仕事で ふだんはお店に泊まり込み週に一度家に帰って来たと言うことです。
戦争末期、この“どぜうや”さんも職人さん達がみな兵隊に取られたり 空襲があったりでやむなく閉店。さて戦争が終わり 旦那さんが店を再開したのですが 職人さん達もまだ兵隊から帰らず、昔の味を知る旦那さんとハツさんともうひとりの女性の3人で試行錯誤の末、昔ながらの“どぜう”の味を復活させたと言うことです。ハツさんは旦那さんからとても大切にされ、昭和27年頃お店で倒れ、そのまま亡くなったそうですが、お葬式もお店で出してくれたとのこと。この写真もお店で何かの表彰をされ、その記念に撮ったものです。祖母も生前よく駒形の兄の所に行った際、“どぜうや”さんに寄ると「ハツさんのところの・・」と旦那さんがたいそうもてなしてくれたとのこと。ただ、その旦那さんも亡くなり代が替わって祖母もいつしか足が遠のくようになりました。祖母も今から13年ほど前に亡くなりました。
あの“どぜうや”さんにもそんな話があったんです。
さて僕ですが、子どもの頃 父のほうの田舎で裏の田んぼで取ったドジョウをさんざん食べさせられたため、ドジョウが苦手。その“どぜうや”さんにも一度も行ったことはありません。

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