いよいよ明日が最後の一日(厳密にはあさってまでですが、その日は午前中には学校を後にするため)です。明夜のお別れパーティーでは生徒が出し物を披露します。私は音楽クラスのバンドでアコーディオンを弾き、生徒の個別グループで三線を手に炭坑節を吟じる予定です。デンマークでは、なにかパーティーがあると、それぞれ凝った出し物をみんなが頭をひねって行います。当たり前のように出し物に知恵を出し合い、準備自体を楽しむデンマーク人の姿は、何でもまず一歩引いてからはじめようとする日本人にとってはちょっと驚きに値します。
もっとも、これらは人生を楽しむことに常に能動的なデンマーク人の国民性のあらわれでもあるのでしょう。おかげで、私も、音楽をしに学校に来たわけではなく、いたし方なくという面もありますが、昔取った杵柄が今の学校生活を潤してくれる結果になっています。今後のデンマーク生活でも歌、ピアノ、三線は何かと役に立ってくれそうです。日本では昔取った杵柄を再び手にとってその後の人生に生かせる人というのはかなり余裕ある職場や立場の人でなければ難しいのではないでしょうか。
また、終わりの日に向かって学校は崩壊気味です。最近は、朝礼や授業に平気で出てこない、当番の掃除もしない、室内の音楽のボリュームを倍に揚げる、デンマーク語を勉強に来ているのに英語を話す、とかなり無茶苦茶でした。インターナショナルスクールでありがちな言葉の壁に隠れた無責任さに拍車がかかった状態で、世界最後の日の前日もさもありなんという感じでした。日本ならば、有終の美、として最後はいいように締めくくろうとしますが、こうした学校ではそうでもないのでしょうかね。
白鳥が珍しくも畑の真ん中をプラプラしていたので写写丸しました。