ディック原作はなぁ。当たりハズレが激しい、ってかハズレのほうが多いから。ま、試写会だし、お気楽に観ますか・・・・
っで、観た・・・・お、おお、おおおお!
もおもお、からだ乗り出しっぱなしでしたよ\(◎o◎)/!
それにしても
なんで ↓ シャアの台詞が出てくんだ?!
公式サイトはこちら
上の動画を見ると
どう考えてもコメディにしか見えませんが・・・・
うだつの上がらないマジシャン、二分だけ先が見えちゃうんだけど、その力をフルに発揮したら痛い目にあうだけ・・・・ しょぼい人生を送っているのだが・・・・
うんうん、しょぼいのはニコラス・ケイジのおハコだね。しょぼさ全開・・・・ なんだけど、実は!
混みまくりのカジノでの追いかけっこ、これがまず実に鮮やかなシーン。とにかく二分先が見えちゃうからね、追っ手を間一髪のところで
かわし、
出し抜き、
すり抜けるそのタイミングのよさ。
そう、見事に振付けられたダンスやジャッキー・チェンのカンフーを見るよう。
このシーンを観るだけでもお金払う価値がありまっせ!
以下ややネタバレ。
それでよかったら続きへ
うまいのがね、二分先しか見えない彼の能力なんだけど、「運命のカノジョ」のビジョンだけは見えているって設定。。
カノジョが現れる場所も時刻もわかってはいるんだけど(脳裏に浮かぶ映像でね)、それが果たして今日なのか十年後なのか、そして午前なのか午後なのかもわかんない・・・何しろ時計の針の位置しか見えないから。
っで、カノジョとの出会いがどうなるかはちょっと置いといて、二分だけの未来予知という制限と、でもそれだけではタイトすぎるんで「運命のカノジョ」限定でももっと先まで見えるというひとつの設定上の逃げ。
このバランスがいいから、どこまでがビジョンでどこまでが現実かよくわかんない・・・という虚々実々な作品世界が完成。
この入れ子構造も映画ならではの醍醐味。
そしてアチキが唸ったのが彼の能力の表現。
後半、テロリストの行動を予知するためにニコラス君があたかも分身の術を使うかのような描写がある。
場内ちょっち失笑気味・・・・ でもアチキはぞぞぞぉっと鳥肌たっちったよ。
「ありゃ量子コンピュータじゃん!!!」って。
話せば長いことながら、単純に言っちゃえば、フツーのコンピュータは一度にひとつの仮説を検証できないけど、まだ完成していない量子コンピュータは同時に多数の可能性をつぶしていくことが出来る、一種のパラレルワールドを使って。
もちろん実際にニコラス君が分裂するわけじゃないけど、同時に「いろんな可能性のある」ニコラス君が登場してそれを目に見えるように表現したら・・・・ あたかも分身の術の如し。
うーん、これもまた映画ならではの醍醐味ジャン。
映画としてはね、巻き込まれていくしょぼいニコラス君が仕方なくアクションを、でも二分先が見えちゃうからとてもキレのあるアクションをするってところがまた見所(弾丸はよけるは、転がり落ちてくる車をかわすは・・・ありえねぇー)。
同じディック原作でも「マイノリティ・リポート」ではなんだかアクションシーンを入れるために筋を変えました、みたいなところがいくつかあったんだけど、こちらではそうした不自然さがなくって気持ちよくアクションを楽しめる。
そしてラスト。
賛否両論分かれそうだけど、アチキはすんごく爽快に感じた。
別に続編云々ってことじゃなしにね、あれはニコラス君の人生の選択、大いなる分かれ道って感じがするわけです。
それも私利私欲を超えた、ね。
そう、見た目、物腰は変わらんかもしれんけど、しょぼい人生におさらばよ。
オレは生まれ変わったぜ・・・・ そう聞こえてくるようだ。


