先週金曜日の「がん対策基本法」成立後、いくつかの新聞でこの法律の意義を考える記事や社説を見た。読売新聞にあるように、この法律で言っていることの骨子は、政府が10年ごとに実施してきている「対がん10カ年総合戦略(現在は第3次)」で取り組んできたことであり、特に目新しいものが盛り込まれているわけではない。研究や体制検討の基本となる「がん登録」は今回見送られており(議論がなされていないのだから当然といえば当然だが)、いくつかの大穴が開いているザル法という意見もある。
しかし、この法律ができたことの意義は大きい、というか、大きくしなければならないと感じている。日本のがん治療の実態は、良いのか悪いのかの評価さえ不十分である。改善しなければならないという議論は多いが、財務省と厚生労働省がこぞって「医療費抑制」を叫び続ける中で、どこに重点を置いて改善していくのが最も効率が良いのか、国民の満足度が高いのかを考えていかなければならない。
読売新聞の社説の中で、気になる点が2つあった。一つ目は「深刻なのは治療の体制だ。京都府など複数の府県に、がん治療の拠点病院がない。重症患者でも、わざわざ東京などに行かざるを得ない」という記述だ。第3次対がん10カ年総合戦略に盛り込まれた「地域がん診療(連携)拠点病院」は、5年間の期間のうちに各二次医療圏(人口30万人が目安)に1つずつを定めることになっている。その期間のうち、まだ2年しか経っていない。決まらないところの中には、都道府県の動きが鈍くて決まらないところもあるが、同じ二次医療圏の中にいくつか有力病院があってなかなか拠点が決められないところもある。地域がん診療拠点病院がないことが、地域で適切ながん治療を受けられないことには今のところつながらないのである。
「重症患者でも、わざわざ東京などに行かざるを得ない」とあるが、日本の現状はそこまでひどくはない。東京などでないと受けられないというのは、おもに日本国内未承認の薬を自費で使ってほしいという場合だ。日本の抗がん剤治療は遅れていると、テレビでも新聞雑誌でもいわれることが多いが、米国で認可されているといっても、米国ではその薬を使っていいかどうかは健康保険の会社が決める。安い保険料の健康保険は、高い薬を使うのを許してくれない(というか、「これだけしか払わないからこの中で治療しろ」といわれる)。米国のお金持ちだけが受けられる医療と、国民皆保険を達成した日本ですべての人が受けられる医療を同列で論じていては、正しい評価はできない。ただし、日本の薬の承認は、以前に比べてかなり早くはなったものの、まだまだ遅い。その部分はもっともっと改善してもらいたい。
もう一つの気になる点は「例えば抗がん剤専門医は米国に1万人いるが、日本には50人足らずだ」という表現だ。これではまるで、人口あたりで米国の方が100倍もたくさんいるように読める。これを読んだ人は「抗がん剤治療に関しては、日本は米国よりはるかに遅れているのだ」と感じるだろう。しかし、日本の中で抗がん剤治療を専門にしている腫瘍内科医が47人しかいないわけがない。腫瘍内科医全体からみると、日本臨床腫瘍学会の専門医資格を取った47人は、ほんの一握りだ。
抗がん剤専門医の認定制度を作ろうと、日本臨床腫瘍学会、日本癌治療学会、日本癌学会などが共同作業をしようとしたが、一本化の作業がうまくいかない中で日本臨床腫瘍学会が独自に専門医試験をおこなって、47人を合格としたのだ。受験資格には「日本臨床腫瘍学会に継続して2年以上加入していること」などがあり、この学会に入っていない医者は試験を受けることすらできない。日本臨床腫瘍学会の理事長は「認定基準を一本化するということになれば当然臨床腫瘍学会の基準に合わせるべきと思われます。」という声明を出しており、歩み寄りができないまま見切り発車した制度という印象がぬぐえない。
これでは現場で世界標準の治療を取り入れながら日々患者さんのために身を粉にして働いている大部分の腫瘍内科医や、所属は外科ながら手術をほとんどしないで十分なレベルの抗がん剤治療をやっている医者など(こういう人たちでも「外科医が片手間にやる抗がん剤」と評されてしまうのが可哀想です)は、日本臨床腫瘍学会の専門医資格を取るために膨大な労力と時間を費やすなら、同じ労力で最新の治療を学んで目の前の患者さんの役に立ちたいと思うのではないか。
47人の「抗がん剤治療専門医」が、テレビにも新聞にもよく顔を出すが、47人だけが優れていて、それ以外の腫瘍内科医はまがい物というような扱いは明らかにミスリードだ。52人しか受験していなくて47人が合格しており、素晴らしい能力を持った人ばかりが受験したからこれだけの合格率になったと考えるよりは、腫瘍内科医であれば誰でも持っていて当然の知識を問われた試験だから合格率が高かったのだと考えるのが普通だろう。つまり、腫瘍内科医のうち、抗がん剤治療専門医であるかそうでないかは、日本臨床腫瘍学会に入っていて試験を受けたか、そうでないかの違いでしかないかもしれない。実際、諏訪中央病院にも抗がん剤治療のスペシャリストがいて非常にレベルの高い治療をおこなっているが、抗がん剤治療専門医の資格は持っていない。
(このブログのような誰からでも見える場所にこういう意見を書くと、この学会から攻撃を受けるような危険は常に感じますが、そういう小手先のハエ叩きをする団体ではないことを期待しています)
読売新聞は健康情報に関してたくさんの切り口を持っており、記事の量も多いが、時々このような一面的な解釈による断定がみられるのが気になるところである。