本日付の日本経済新聞総合面に「開業医の年収、勤務医の1.8倍 ― 診療報酬下げ、政府が検討へ」という記事がある。さすが政府の太鼓持ち新聞。でも度が過ぎると誰にも信用されなくなるよ。
最初から最後まで「開業医は何だかんだいっても儲けている。そこを引き下げるのは文句を言わせんぞ」という姿勢で貫かれている。楽しんで読んで下さい。
開業医の年収 勤務医の1.8倍 ― 診療報酬下げ 政府が検討へ
日本経済新聞【2007年10月25日】
厚生労働省が病院や診療所の経営状況を調査した「医療経済実態調査」の内容が24日、明らかになった。「病院勤務医に比べて高い」といわれている開業医の給与収入について初めて調査。公立病院の勤務医より8割多い収入を得ていることが分かった。政府は2008年度の診療報酬改定で開業医の初診・再診料などの引き下げを検討する予定。引き下げ論を後押ししそうだ。
調査結果は26日の中央社会保険医療協議会(中医協)に報告する。
今回の調査の目玉は開業医の平均給料月額を初めて算出した点。医療法人の形態をとって給料を受け取っている開業医の調査で、院長の年収(賞与を含む)は2,532万円だった。一方、ベッド数が300床程度の中規模の公立病院で働く勤務医の年収は1,427万円。開業した院長の方が8割多い。
公立病院の院長の場合は平均年収が1,960万円で、多くの病床を抱えていながら、開業医の平均より2割以上少なかった。
開業医の収入に関する調査はこれまで、医業に関する収入から費用を引いた収支差である「医業収支」を収入と見なしていた。しかし日本医師会は「収入には開業時の借金返済や設備投資の積み立てに充てる分も含まれる」として、医業収支を使った収入比較に強く反発していた。厚労省は今回、法人形態の開業医の給料を使い、勤務医との差を調べた。
収入に大きな差が生じたのは、再診料や特定疾患療養管理料などで開業医が恵まれているため。再診料の診療報酬は病院の570円に対し710円。高血圧や糖尿病などの健康管理指導で受け取る特定疾患療養管理料は大病院はないが、開業医は2,250円となっている。
政府内では、限られた医療費から勤務医の待遇改善や救急医療の充実の財源を捻出(ねんしゅつ)するには、「優遇が明らかな開業医の診療報酬引き下げがまず必要」との声が多い。中医協に提出する今回の結果は、引き下げ議論の一つの根拠となりそうだ。
(記事ここまで)
開業医の給料が勤務医より多いことが、開業医の診療報酬引き下げの根拠になるらしい。なんでだ?
ここで比較されている「1.8倍」という数字は、公立病院勤務医の平均と、開業医の院長を比較している。サラリーマンと自営業の社長さんを単純比較してどうする。
開業医よりも公立病院の院長の方が収入が2割以上少なかったということを
「多くの病床を抱えていながら」という形容までして強調している。開業医は毎日たくさんの患者を診察している。公立病院の院長は、管理職に徹している人も多い。同じ院長でもリンゴとミカンぐらい違う。比較するものではない。
開業医の平均年齢は、勤務医よりかなり上である。日本の診療報酬は、ある医療行為に対して1年目の医師でも30年目のベテランでも同一価格である。しかも20年来日本の診療報酬は、物価や他職種の給与水準と比較すれば一貫して引き下げられている。その中でこれだけの給与を確保するために、開業医がどれだけ働いているか知らないのだろうか。働かずして高給を取っているなら責められても仕方がないが、そうではないのだ。
ある程度の年数、病院勤務医として頑張ってきた人が、大変な借金をして自営業を始めるのが開業医だ。病院であれば多少の波風があっても仕事は続けられるが、開業一人旅では何かあれば家族も従業員も路頭に迷い、莫大な借金が残る。これ以上診療報酬を引き下げられたら、そのリスクを背負いきれなくなる。
20世紀のうちは、医師で開業するといえば銀行は喜んで金を貸してくれた。しかし最近では、よほど自己資金がしっかりあるか、盤石の立地条件で集客も確実な開業でない限り、簡単には貸してくれないらしい。銀行の方がリスクには敏感である。診療報酬引き下げが続くなら、新規開業はできなくなるだろうし、開業医の倒産も続出するだろう。
病院の再診料が570円、開業医の再診料が710円。医師という国家資格を持った人が、病気や命などについて個別に話をしたり専門的な判断をしたりカルテを書いたりの価値がこの値段。しかも看護婦や事務職員の給与もこの中から出る。当たるも八卦当たらぬも八卦の占いの店に行っても、この何倍かはかかる。
この140円の差が「けしからん」らしい。でもこれも比較するのが間違っている。病院の外来は、効率化が可能である。同じ系統の病気を持つ患者を集めて、専門家が診ることができる。開業医もある程度専門的な患者を集めることはできるが、多くの開業医ではバラエティに富んだ患者がやってくる。患者があまり来ない日も、もうイヤというぐらい来る日もあるだろう。そのような中での一人あたり140円の差は、けしからんものだろうか。
病院で外来にかかる場合、3分で終わる外来診療も、一人に30分かける外来診療も、同じ570円だ。開業医でも、丁寧に診療してもさっさと終わらせても、同じ710円だ。丁寧に時間を掛けて診察すれば時給がどんどん下がるという、それぞれの中の矛盾の方が大きな問題ではないだろうか。
特定疾患療養管理料についても、大病院では0円で、開業医は2,250円。これを大病院に合わせたいらしい。厚生省時代から仕掛けられてきた実に遠大で巧妙な仕掛けが、ここで実を結ぶ。以前は病院でもさまざまな指導料が算定できていたが、診療報酬改定のたびに算定できる項目が減っている。そして病院がそんな項目を算定していたことを忘れてしまった頃に「病院が取っていないのに開業医が取っているのはけしからん」と難癖をつけてくる。厚生労働省は何がしたいんだろう。本当に医療の壊滅を狙っているのではないかと思ってしまう。
現在、勤務医の不足と過酷な労働実態が問題になっている。これ以上勤務医が減少すれば、日本中の至るところで病院は廃墟となるだろう。辞めた勤務医がどこへ行っているかというと、開業医になっている人がかなりいる。来年4月の診療報酬改定で本当に開業医の診療報酬が引き下げられるのであれば、勤務医から開業医になるという退路を断つという意味もあるのだろう。
何度も書いているが、医師はすでに恵まれた職業ではなく、余裕がなく苦しい職業へと変貌している。それは基本的に厚生省→厚生労働省がそのように仕組んできたからだ。その中で何とか生き残っていくために、病院勤務医も開業医も馬車馬のように働いている人が少なくない。それをこれ以上締めつけようとするのであれば、医師そのものを辞めた方がマシと判断する人も増えるだろう。日本総無医村化も「夢ではない」。
今回の記事の書き方を見ると、国民が「開業医って儲かってるんだね。みんなが苦労してるのに許せない」と思うように、いろいろな理由を無理矢理こじつけて書いてある。しかしそのこじつけは、読み解いていくと根拠のないものばかりだ。このような不当な世論の誘導は、マスコミという強大な権力を笠に着た暴力である。
日本経済新聞社は
「政府内では…『優遇が明らかな開業医の診療報酬引き下げがまず必要』との声が多い」というのを、政府内の「誰が」言っているのか、明らかにしてもらいたい。それができないのであれば、日本経済新聞は「政府の謀略のお先棒を担ぐ新聞」として、国民の信用をさらに失っていくだろう。残念ながら、その流れはすでに始まっている。