がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞社)を書いた医者の、雑記帳・日記帳・質問箱。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞
(ひらかたまこと)
諏訪中央病院緩和ケア科
部長(ただし部下なし)

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投稿者:hirakata
とまとさま、こんにちは。

私が医者になった頃は、気がついていなかっただけかもしれませんが、割と「良い医療をしていれば、採算が取れる」という医療の構造だったように思います。医療がどこまでも膨張できないのもわかりますが、不幸せな人を大量生産するほど絞ることには誰も同意していないはずなんですよね。でもいつの間にかそれが国の、厚生労働省の方針になってしまっている。

医者も霞を食って生きていけるわけではないので、算術は考えないといけません。算術を考えなくても、良い医療ができるようにするには、診療報酬と関係なしに医師の給与を保証する仕組みがあった方がいいんですが、そうすると社会主義経済になり、サボっても給料がもらえるという社会主義の弊害でずぼら医師が増える弊害が懸念されたり…。

なんとか残っている今の医者のモチベーションを活かすような医療政策をどんどんやってほしいんですが、どうも出てくるのは締め付けを厳しくして言うことを聞かせようという政策ばっかりで、これで「頑張れ」と言われても無理だよなーと。

なんとか頑張っている人たちが「これなら頑張り続けられるかも」と思える政策を出してくれないと、そういうところからますます医師が逃げ出して、誰もいなくなってしまいます。なんとかならないかなあ。
投稿者:とまと
お返事ありがとうございます。
緩和ケアがご専門のようですね。不明確な書き方をして申し訳ありませんでした。

私は医師ではないのですが、どの職業でもパーフェクトな仕事ができる人はいないと信じています。日本の医師はとてもモラルが一般的に高いと感じています。
医は算術は、古来からあるもので、、、現実の課題です。機械屋さんや薬屋さん達が儲けることには抵抗があります。適正利益がいいですね。

金のことなど考えないで治療ができるといいのにと思います。
投稿者:hirakata
とまとさま、こんばんは。いらっしゃいませ。

あかがま先生とほぼぴったり同い年の平方です。でも面識はないです。いつか会えると信じています。まあそのうち会うでしょう。

流れが緩和ケアというのはどうかよくわかりませんが、私の仕事が緩和ケアです。緩和ケアは、これまで医学や医療がまっしぐらに進歩を目指していたおかげで取りこぼしてきた「病気を持っている人を、困らないようにする」部分を、拾って歩いてるようなものです。ないよりはあった方がいいかな、と。仕事は増えても人手不足でひーひー言ってますが。

「病気で困ったことがあったら相談していい」というのが、今の(2002年以降の)緩和ケアの定義です。治す治療をしてたら受けられないとか、命の終わりが見えてないと受けられないとかいうのは、古い定義によるもので、現在では「誤解」です。

医師の限界や医療の限界も、技術的な限界もあれば、体力的な限界もあり、人手不足による限界もあり、医療費削減による限界もあり、その中で日本の医師たちはよく頑張っていると思います。検察や司法の医療へのかかわり方は、明らかに異常です。加藤先生が逮捕された事件(医療よりも逮捕の方が事件だと思う)は、東京地検だったら逮捕監禁も起訴もされなかったんじゃないかという気がします。それなのにあの公判内容。あんまりです。

今後ともよろしくお願いいたします。
投稿者:とまと
初めまして、あかがま先生の所から来ました。よろしくお願いします。
一時間では大変でしょうが、、、流れは緩和ケアーですか。緩和ケアーが主たる話題なのでしょう?

最近感じている課題です。

1.外科手術:事前の化学療法を含む
2.術後のリハビリ。
3.がんの場合は自律神経等が犠牲にされることがある。ムンテラの課題。
4.化学療法。分子標的法などの進展。我が国における地検と新薬開発における現場の役割。

私、がんになりまして、闘病中ですがQOLを維持できてます。w

とても困難なことですが、医師の限界ということをもっと明らかにしたほうが良いと感じます。
医療崩壊には、医療技術と制度の両面があると感じています。限界を明確にして過大に時間をかけて取り組む。そうしないと加藤先生のような悲劇が起きてしまう。検察は異常だと思います。加藤先生は親の開業にまで影響を受けるなど、、、あんまりですね。
投稿者:hirakata
骨じいちゃんさま、ありがとうございます。

じいちゃんというから年配の方かと思いましたが、お若いんですね。
「がんになっても、あわてない」は、これからの日本人必読の書です(手前味噌)。「読みやすい」という評価は、多くの方からいただいています。お父様の時は残念でしたが、これからも身近にがんの人は出てくることでしょう。その前に一度読んでおくと、がんに出くわした時に「あわてない」ですむ。そんなお役に立てれば幸いです。楽しんで(無理かも)読んでみて下さい。
投稿者:骨じいちゃん
さっそく、「がんになっても あわてない」読ませていただきます!!
私も、5年前に盲腸癌で父を亡くしました。63歳でした。私も、医療に携わる仕事につきながらも「がん」についての知識的な準備もなく家族みんなあわてました。意見はバラバラ・・・。
父にも辛い思いをさせました。。。
待合室に置いておきます。

http://bonejichan.blog95.fc2.com/
投稿者:hirakata
3番目の落書きさま、こんばんは。

医療訴訟が増えることは、萎縮医療・防衛医療を促進するでしょう。それらを防いでシステムの改善につなげるのが「医療事故調」になるはずだったんですが、厚労省や自民党は全然逆の方向へ進んでいます。厚生労働省はどこまで医療を壊したら「これぐらいで許してやろう」と思ってくれるんでしょうね。
投稿者:3番目の落書き
おはようございます。医療訴訟(特に刑事)が広まると、医学論文にまで影響を与える、という記事を今朝読みました。
「訴訟が怖くて論文を公表しないとはけしからん」とおっしゃる向きもあるかもしれませんが、今の状況だと、自分の研究や臨床経験の蓄積を外に出すのをためらう人は出てくるでしょうね。私もへぼ論文を書いては笑われてますが、論文なんてのは「今の時点までの研究・経験等の蓄積」であって、「正解」では必ずしもないわけですから。それを「このときお前はこう書いていたじゃないか。こんな間違ったことを書いて」などと裁判で言われたら、学術論文なんて書いてられませんよね。

http://piazzacapitanato.at.webry.info/
投稿者:3番目の落書き
おはようございます。医療訴訟(特に刑事)が広まると、医学論文にまで影響を与える、という記事を今朝読みました。
「訴訟が怖くて論文を公表しないとはけしからん」とおっしゃる向きもあるかもしれませんが、今の状況だと、自分の研究や臨床経験の蓄積を外に出すのをためらう人は出てくるでしょうね。私もへぼ論文を書いては笑われてますが、論文なんてのは「今の時点までの研究・経験等の蓄積」であって、「正解」では必ずしもないわけですから。それを「このときお前はこう書いていたじゃないか。こんな間違ったことを書いて」などと裁判で言われたら、学術論文なんて書いてられませんよね。

http://piazzacapitanato.at.webry.info/
投稿者:hirakata
3番目の落書きさま、こんばんは。

「ノーフォールト」まだ読んでいないんですが、現場で常に問題意識を持っている人が書いた小説なので、かなりのリアリティーがあるとは聞いています。

私は手術室に入らなくなってもう15年ほどたちますが、手術に臨む際には技術が身についているだけではなく、体調も精神状態も万全である方がいいのは当然です。しかし日本の医者の場合は、当直明けに手術をしたり徹夜に近い緊急手術の後に予定手術をしたりしなければならない病院も、たくさんあります。

腕が悪くなくて万全の態勢で手術をした時に良くない結果が生じた場合には「状況から考えて、これはやむを得ない結果だ」と自信を持っていえるでしょう。しかし徹夜仕事のために万全でなくて、全力は尽くしたけれども結果が悪かった場合には、日本の医者は「自分に非があったかもしれない」と思います。かなり無茶な仕事をしていて体調が万全でなかったり睡眠不足だったりしても、結果が悪ければ全面的に責任を感じてしまう医者がほとんどではないかと思うのです。

まだこのブログでは取り上げていませんが、現在自民党や厚生労働省が提案していて日本医師会や内科学会・外科学会もいつの間にか賛成してしまっている「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案-第二次試案-」、いわゆる医療事故調の第二次試案では、悪い結果になる可能性がある手術は思い止まらせるような、かなりひどい仕組みの案になってしまっています。これが法律として成立し施行されれば、確実に日本の医療を荒廃させるだろうと見ています。どんなに浅はかな法律を成立させようとしているのか気がつくように、国会議員にメールを送ろうという運動も、地道に行われています。私もコツコツとできる範囲の運動をしてみているところです。

日本の医療をこれ以上やりにくくしてしまっては、立ち直れないほどの崩壊に至ってしまい、それなりに戻るまでに数十年(高齢化も極に達するので下手をすれば100年近く)かかるのではないかと思います。そんな日本になって欲しいと思う人がいるとは思えないんですが、残念ながら厚生労働省や財務省や経済界の偉い人の中には、不思議なことにそういう人がいるようです。絶望しないで生きていくためには、日々あきらめの気持ちで過ごすような日本にしていくしかないのかもしれません。
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