がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
michikoさま、こんにちは。

日本人が長生きになって、十分生きた人が亡くなる割合が増えて、多死社会になってきています。見送る人も次第に年齢が高くなっているわけですが、1970年代に一旦日常から手放した「死」を、再び日常に取り戻すべき時代になってきてるんじゃないかな、と思います。

上手に人生を生ききって、上手にお別れした人の「技」を世の中に知ってもらうことは、これからの人たちに大いに参考になると思います。多死社会を不幸な社会にしないというのは、日本に遅れて高齢化していくたくさんの国の手本にしてもらえるんじゃないかと思いますし。

うに食べたい。
投稿者:michiko
三年前の夏に義母を自宅(母の住むマンションの区画)で見送った時には、お世話になりました。

おかげさまで、救急車を呼ぶこともなく、三日前には義母の弟妹に来てもらうこともでき、「会えなくなるけれど、まるで《隣の部屋へ行くような》穏やかさ」で旅立ちました。

義母は、二十代を結核療養で過ごし、多くのわかれも経験したからか、「死を怖がらない」度量というか、とにかく尊敬できる人でした。

食べられなくなってきて、体重減少が激しく、二か月に一度程度は測っていましたが、本人の意識が清明なので、最期の二か月くらいは、測れませんでした。

多分、最終的には、25キロ以下?ご飯は、「雲丹を載せれば」食べたので(介護が必要になってから「無類の雲丹好き」が判明。それまでは「雲丹は贅沢」と自制していたもよう)一生分の雲丹を食べて逝きました。(^-^)

雲丹は、生命の源の材料ですから、そこから生命力をもらっていたのでしょう。

義母の雲丹好きが漁師さんのお友達に知られたおかげで、今も我が家の冷凍庫には、塩ウニがキープされています。いただいたのは、義母が亡くなってからなんですけど。
投稿者:hirakata
オンバシランさま、こんにちは。

家で最後を迎えるというイメージが出来上がっていないとか、久しぶりに来た家族が具合の悪さで慌ててしまうとかで、救急車を呼んでしまうのは割とあるようです。私も同僚医師も、「救急車を呼ばずにまず私か訪問看護に連絡してください」と、明確に伝えるようにしています。そうしていても呼んじゃう人はたまにいるようですけど(私はまだ当たっていませんが)。

「これは老衰のように静かに看取れそうだ」という人のほとんどは、そのとおりになります。私は「ちょっとずつ先回りしてこれから起こることをお話しする」ように心掛けています。毎回やっていると、それなりに上手くなっているような気がしています。

たまに予想しなかった症状が出る人もいますけど、そういう時に適切に対応できるかどうかは、医療の腕の見せ所。根本的な対応をすべきか(病院に入れるべきか)、症状だけ抑えて楽に過ごせるようにするべきか。症状を抑えるのにはどんな方法が最適か。どんな状況でも頼れる存在であることができるように、勉強したり工夫したりしてみています。そういうことの積み重ねが、「これで良かった」と思ってもらえる確率を増やせると思うので。
投稿者:オンバシラン
在宅看取りのお話をご家族に事前にしておいても、臨終が迫ってくると救急車を呼んでしまった。ということも少なくないとの事でした。
在宅看取りを家族とともにできたご家族は本当に平和な看取りができたというホッとされたご家族があったりと、本当にグラフのようなイメージがつくといいですね。一度着いてしまったイメージを転換するというのは時間が必要だと思いますが、最終的にご本人とご家族が納得していただければと思います。頑張って介護や看病してても、亡くなった時にはご家族に無念に思われたりと難しいですね。
投稿者:hirakata
オンバシランさま、おはようございます。

老衰パターンで近づいてくる「死」というものは、断崖絶壁のように迫ってくるものではなくて、少しずつ高度を下げて着陸地点に近づいていくものであるというイメージ(記事の中に書いたグラフのように)が持てるようになると、世の中の「死にまつわる不幸」が少し減らせるんじゃないかなと考えています。
投稿者:オンバシラン
私も以前看取りの研修に参加し同じように感じました。
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