日本の循環器治療の最高峰である「国立循環器病センター」のICU(集中治療室)専属医師が5人揃って退職。同センターの機能に壊滅的なダメージを与える可能性もある。でも「無責任だ」と怒らないでほしい。
記事は次の通り(産経新聞版を採用しました)
ICU医師全員退職へ 国循センター 執刀との分業困難
3月1日8時0分配信 産経新聞
国立循環器病センター(大阪府吹田市)で、外科系集中治療室(ICU)の専属医師5人全員が、3月末で同時退職することが28日、分かった。同センターは国内で実施された心臓移植の半数を手掛けるなど循環器病治療の国内最高峰で、ICUは心臓血管外科手術後の患者の術後管理・集中治療を受け持ち、診療成績を下支えしてきた。同センターはICU態勢の見直しを検討している。
同センターによると、ICUには5人の専門医が所属。所属長の医長を含む2人のベテラン医師が辞職を表明したのをきっかけに、指導を仰げなくなる部下の3人の医師も辞職を決めたという。
ベテラン医師2人は辞職の理由を「心身ともに疲れ切った」と説明しているという。
同センターのICUが対象とするのは、先天性心疾患や冠動脈・弁疾患、心臓移植、大血管疾患などさまざまな心臓血管外科系の難病患者。成人だけでなく小児も対象とし、外科手術後の患者の最も危険な時期の全身管理や集中治療を24時間態勢で行ってきた。
ICUの入院病床は20床で、年間1100症例を超える重篤な患者を受け入れ、常に患者の容体の急変に備え、緊張を強いられる環境にあった。
同センターは、5人に残るよう慰留を続けているが、辞職の決意は固いという。
このため4月以降は、他部署からICUの専属要員を確保するものの、ICUでの患者の超急性期管理・集中治療は、執刀した外科チームが責任を持って行う態勢にすることを検討している。
同センター運営局は「特にベテラン2人に代わる人材はおらず、これまでのように執刀チームとICUの分業ができなくなる。しかし、手術件数を減らしたりICUでの管理が不十分になるなど患者に影響を与えるようなことはない」と話している。
(記事ここまで)
医療崩壊が叫ばれ始めてまだ日が浅いが、あっという間にここまで来た。厳しい医療現場を立ち去る医師が急に増えてきたように見えるかもしれない。しかし病院の厳しい医療現場から立ち去る医師はずっと前からいて、今立ち去っているのは以前立ち去った人の分まで頑張ってきた人たちだ。今立ち去る人たちを「無責任だ」と責めることはできない。
「心身ともに疲れ切った」というのは、嘘偽りのない心情であろう。
ICUの現場というのは、常に緊張を強いられる。特に国立循環器病センターのICUともなれば、一般病院のICUとは格が違う超重症患者が次々やってくる。重症を脱したらICUから一般病棟へ移るが、すぐ次の超重症患者がやってきて、すべてをまた1から始めることになる。
国循クラスのICU20床に5人の医師というのは、かなり過酷だ(毎日新聞では7人の医師となっているが、どちらが正しいかはわからない)。20床で5人の医師だと、医師一人あたり4人でさほどきつくないと思うかもしれないが、24時間体制で患者の容体変化に対応するICU担当の医師は、この人数ではおそらく全く休みが取れない。というか、常に呼び出されて働いている状況に近いと思う。人間は24時間働けるようにはできていないし、常に緊張を強いられる仕事は十分な休息があってこそ成り立つ。看護師は交代制なので、仕事がある日でも一日の半分以上は仕事から離れる時間が確保されている。その点では看護師の方がかなり恵まれていると感じる。というか、医師の労働状況を放置している厚生労働省は何を考えているのだろうと、疑問を通り越して怒りを感じる今日この頃の私である。
術後のICU管理は
執刀した外科チームが責任を持って行う態勢にすることを検討しているなんて、時代を逆行するのもいい加減にしてほしい。分業体制があったからこそ、手術チームは手術に専念することができた。この体制が崩れて、24時間体制のICU管理の合間に手術をするようになったら、いくら日本人の手先が器用だといっても手術成績は落ちていくだろう。
手術件数を減らしたりICUでの管理が不十分になるなど患者に影響を与えるようなことはないというのも、何を根拠に言っているのか。ここでさらに無理を重ねて手術症例数を減らさないことが、さらなる疲弊につながり、近い将来の国立循環器病センター全体の崩壊を招くことになるのではないか。
「うちは天下の国循だから、募集すれば医師は集まる」と思っているのかもしれない。でも日本全国で医師はどこにも余っていない。今日の国会答弁で柳沢厚労相は「医師は偏在」と言っていたが、それなら余っているところがありそうなものだが、どこにもいない。もし国循が医師を集めるのに成功したとしたら、それだけどこかの必要な医師が引き抜かれていなくなるのである。国循が崩壊するか、引き抜かれたたくさんの医療現場が崩壊するか、そのどちらかしかない。
ここは一つ「医師がいないので、手術は今までの△△%しかできません」と宣言すべきだと思う。いままでギリギリの体制でやってきて、その体制が崩れるのに「手術数も減らさないし、ICUのレベルも落としません」なんていうことは、現場で働いていない人にしか言えない。現場から「そんなの無理だ」という声が出るべきだし、その声を出させないのであれば、さらに現場から立ち去る医師が続出する結果になるだろう。
現在の医療の窮状は、国がこうなることをわかっていながら何の手も打ってこなかったために起こっている。国がそれでも抜本的な改革案を出してこないのは「潰れるところは潰れてしまえ」作戦実施中なのではないかと思う。潰れるのがどこであっても構わないのだろう。国民が必要な医療を受けられなくなっても、国民医療費が減ることの方が大事なのだろう。この時代に生まれてしまったのは大失敗だったのかもしれない。
(追加情報)
案の定、ICUを担当させられる予定だった心臓外科の医師2名も3月一杯で退職した。その後の国立循環器病センターは、噂では補充の医師が入りきちんと診療しているらしいが、その医師はどこから連れてきたんだろう。上にも書いたとおり、国循を崩壊させないために崩壊したところがあるに違いないと思うのだが。