笹原宏之著『訓読みのはなし』光文社新書 今年5月新刊 を読んだ。
中国・韓国・ベトナム・英語などほかの言語でもないわけではないが、それは非常に限られた場合で、日本語では訓読みの運用にも自由度が高いことが日本語表記の多様性を世界随一のものにしている。
英語では etc. (et cetera)と書いて「エトセトラ」と読めばラテン語の音読みだが、and so on と読むこともあるので、その場合は訓読みしたことになる。百済(クダラ)は古代朝鮮語による訓読みらしい。
しかし、これらはごく限られた場合である。日本語では訓読みは自由自在で、「風邪」を「カゼ」と読む場合「邪」は黙字のようになっているし、「五月蝿い」とか「幸せ」など、無限に使われる。
笹原氏の本は中国語・韓国語・ベトナム語の知識を縦横に生かして、学問的に高度な研究になっているが、いろんな語の語源も分かってためになる。
梅棹忠夫氏などは訓読みに反対で、音読みの語は漢字で書いても、訓読みの字はすべてかな書きにしていたはずだ。
私も梅棹氏の意見に賛成するほうだが、世間の大勢はそうはならないようだ。