宮崎克己2007『西洋絵画の到来−日本人を魅了したモネ,ルノワール,セザンヌなど−』日本経済新聞社
1920年前後の数年間,日本人コレクタによって,印象派を中心として大量の西洋絵画が購入されたという。その具体的経緯および社会背景を中心としながら,日本人と「西洋絵画」との関係の持ち方を,その最初の到来である16世紀から現代までを射程に入れて検討している。
著者はその検討において「場」に注目している。
「日本のものであれ西洋のものであれ,絵画が置かれうる「場」は,意外に限られている。絵画は,どこに容易に存在しうるものではなく,ある特定の「場」を必要とするのである」(p.25)
「場」は「行為」「空間」「道具」「人間」の4つの構成要素からなり,それぞれはいずれも特有の「形式」を持つとする(pp.25-28)。そして次のように書く。
「これらの四つの要素およびそれぞれの形式が少しでも満たされないとき,「場違い」が生じるのである。そしてふつう絵画は,ある特定の「場」のために制作されるものであり,その「場」の諸条件が絵画の内容に直接的に反映する。したがって私たちは過去の,異なる社会の絵画を理解しようとするとき,その本来の「場」を理解しなければならない」(p.27)
「場」の4つの構成要素については,「行為」と「人間」の関係など,別の整理の仕方も可能なのではないかとも思われるが,私の問題関心である物質文化とコンテクストとの関係,コンテクスト間移動にともなう物質文化の変容についてと,使う用語こそ違え,かなり近しいものを感じる。
著者は,そんな「場違い」が生じた事例として,日本最初の「洋画家」と言われる高橋由一(1828-94)の「甲冑図」(1877)が靖国神社に奉納され,また1879年には35点の油絵を高松の金刀比羅宮に奉納されることを挙げている(pp.55-56)。
「現代であれば美術館に「寄贈」すべき場面で,由一の場合,寺社への「奉納」がなされたと言えるだろう。(中略)西洋絵画が日本の「絵画館」にはいるのは,まだ半世紀も先のことになる」(pp.56-7)
西洋の材料・技術が導入され産み出された「西洋絵画」。しかしそれが入るべき,展覧会や美術館などの「場」の不在のため,それは寺社への奉納という,日本独特の「場」へと回収されていく。
さらに博覧会のような,絵画展示の「場」が日本においても形成されてきても,西洋絵画は,西洋のように室内の装飾として採用されることは少ない。
「(美術館や画廊のような−引用者追記)これら絵画を見せる「場」における絵画の配置の仕方は,たしかに宮殿や貴族の邸宅などよりも密集して掛けることが多かったものの,基本的にはそれらと変わることなく,重層的・対称的・総合的・羅列的だった。展示の文法と装飾の文法とは,ほとんど同一だったのである。
しかし日本においては,展示と装飾それぞれの文法は,まったく違うものであった。つまり博覧会場のような展示を,自分の家の装飾で試みることはありえなかったのである。
すでに述べたように,日本において油絵,あるいは西洋絵画は,まず見世物という「場」を与えられ,ついで博覧会に展示されたのだが,室内の装飾として使われることはかなり稀だった。油絵は展覧会場で見るべきものだ,というのが現代にいたるまで日本人のふつうの感覚なのである」(p.83)
私たちは,新来の文化要素が導入されたとき,その文化要素そのものに着目しがちである。そして「本家」との距離の大小(どれだけ「本家」に近いかどうか)によって,その「受容」の程度を計ろうとする。
しかし新来の文化要素が「到来」した社会・文化的環境(コンテクスト)の中で,いかに位置づけられるかもまた,「受容」を考える上で重要な視点になる。
以下の指摘は,その点で示唆に富んでいる。
「美術史において西洋絵画の「受容」が問題になるときにはしばしば,西洋絵画から日本の画家たちがいかなる「影響」を受けたか,という論点に収斂していく。しかし本書で言う「受容」は,この種の「影響」論とはちがう。「影響」は,作品から作品への線的な伝達であるのに対して,「受容」は,社会全体への面的な波及なのである。そしてその意味での「受容」は,とりわけ作品そのものの「到来」によって観察することができると考えられる。
西洋からはるか離れた日本において,美術の専門家でないコレクターが多額の出費をして西洋絵画を買うことになるためには,ある程度西洋美術の全体的な情報が社会に広く浸透していることが前提条件となっていた。またいったんそれらが資産家たちによって日本もたらされたとき,画家・芸術家の狭い範囲だけでなく,広範な社会的反響をもたらしたのである。
こうして絵画の「到来」を問題にするとき,社会全体の「受容」を語ることになる。
すでに何度か触れてきたが,十九世紀後半に西洋においては,日本の美術工芸品を愛好するブーム,いわゆるジャポニスムが起こっていた。これも西洋の画家・芸術家たちへの「影響」としてのみ論じてはならない。つまりこれもまた,西洋のブルジョワジー社会全体に沸き起こったブームだったのである。したがってここでも,なぜ彼らは日本の美術工芸品を必要としたのか,がもっとも重要な問題になるにちがいない」(pp.126-7)
「影響」とはなにか,「受容」とはなにか,社会経済現象としての異文化の「到来」などなど,私の問題関心とも結びつき,興味深く拝読した。