大学のカリキュラムが大幅に変更になって8ミリ製作の場が無くなり、周囲の友人の中にはショックを受けている者もいた。しかし、私は特に抵抗も無く、どちらかと言えば、チャンスが広がるなぁと漠然と考えていた。それはまさしく自主作品の一般劇場での上映である。そんな思考回路を持っていたのにはワケがある。
私は大学2回生の時に友人から「先輩の映画、手伝わない?」と誘われ、カメラをやりたいが充分な知識が無かった私はすぐに飛びついた。
その作品は兵庫県伊丹市が市制施行50周年を記念してアマチュア映画監督に16ミリ短編を撮らせようという、今思えばバブルが成しえた大胆な企画の作品であった。
作品名は「ひとけたの夏」。10歳目前の少年達のひと夏の出来事を描いた作品で、私はこの作品の撮影助手をやっていた。自主制作に近い体制ながら、立原啓祐や、まだ学生(ちなみに先輩にあたる)だった羽野晶紀も出演していた。作品の評価も高く、後に東京のユーロスペースで公開されたり、関西では深夜にテレビ放映もされた。ちなみに監督の岡秀樹氏は、現在特撮関係の監督・助監督をされているようだ。
現場にいる時は、この作品がどのように完成するのか、皆目検討がつかなかったが、初上映の時に異常に感動したのを覚えている。
様々な展開をしていく作品を傍で見ながら、「自主作品でもしっかり作れば劇場で上映できるんだ」と感じていたのである。ちょうど同時期に塚本晋也監督が「鉄男」で脚光を浴び、同じような事をテレビで言っていたことも覚えている。
そんな意識があったからか、大学3回生頃から色々なことを先輩達と学外で行なっていた。
(つづく)