社会人になってから、20年以上飲酒を
欠かさなかった男が、きっぱりとお酒を断って
過ごす、アルコールの無い日々の軌跡です。
☆ノンアルコールDAYS☆

2008/9/3
「柱の数」
ネット上で断酒仲間が意見交換をしたり、情報を共有したり、
体験談を提供したりという事が非常に身近なものとなり、
依存症者はもとより、依存症予備軍においても様々な点で
参考となるケースは多い。
年を追う毎に、関係サイトは増え、アルコールに問題を
感じている人にとっては、本人、家族を問わず、具体的な
医療へと繋がるきっかけとなる事も少なくないであろう。
斯く言う私も、自身の飲み方や、精神面での減退の問題を
感じたとき、アルコール依存症を疑って、関連サイトを巡って
その疑いを濃くしたものではあったが、既に否認のループに
はまっていて、それを認めざるを得なかったのは、離脱症状が
出たときである。
離脱症状自体も、予め知識としては持っていたので、実際に
症状が出た時には狼狽しつつも、依存症である事を確信し、
その症状が消えるまでの1−2週間を何とか乗り越えようと
していた。
症状がひどければ、てんかんのような発作にまで至る事を
知っていた私は、気力も体力も限界だと感じたときに、
これまた予め調べておいた専門医に連絡を取り、診察を
受ける事となる。
こういったネットのサイトで得た予備知識がなかったと
したら、離脱症状が出たときに、果たしてあのような
冷静な判断と対応が出来たかどうか非常に疑わしい。
話は変わるが、柱という物はどんなに大きくて頑丈であった
としても、一本では物の役に立たない。
数が多いほど、安定するものであって、その安定に必要な
最低数が3本である事は、物理的にも理に適っている。
通院、抗酒剤、自助グループが断酒の3本柱であるが、
これも必要最低数と考えれば、その人なりに4本、5本と
柱を持つ事は、断酒の安定継続上好ましいのだが、
その最低数の3本をしっかりと持つ事自体が、ごく普通の
日常を送れる身となれば難しくもある。
私にしても、それなりにまともに継続しているのは、
通院くらいなもので、抗酒剤は通院の時だけ、
自助グループには所属せず、院内の月例会のみである。
あとは、ネット上で関連のサイトでの意見交換、情報交換、
体験の共有をしたり、自身のブログでその折々の考えや状況を
綴る事で、自分の気持ちの整理をつけると同時に、後々に
自身の辿る軌跡を時に振り返り、軌道修正していくための
経過記録としている。
まあ、柱とは言えない様な事ながら、ともかく、通院、月例会、
ネット、ブログ、祈りという事で、バランスを維持し、断酒を
継続出来ている。
もちろん、この病気になった事で巡り会った人達との交流は、
家族と同様、大きな意味を持つ。
決して裏切ってはならない、と言うより、裏切りたくない、
つまり、悲しませたくない人達なのである。
3本の矢の例えではないが、強靭で安定した不動の断酒の
覚悟を維持し続けるには、柱の数は多い方が良いに
決まっているのである。
投稿者: jetlinks
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