社会人になってから、20年以上飲酒を
欠かさなかった男が、きっぱりとお酒を断って
過ごす、アルコールの無い日々の軌跡です。
☆ノンアルコールDAYS☆

2008/3/15
「経験という琴線」
歳を取ると涙腺が弱くなって、ちょっとしたことにも鼻の奥が
苦酸っぱくなり涙ぐむ。
物に感じやすくなっていくのであろうが、それだけ様々な経験を
積み重ねてきたという事であろう。
経験は自身の心の琴線を増やしたり、太くしたり細くしたりする。
つまり、若い頃には何とも思わなかったことでも、それが触れて
響く琴線を持つようになってくれば、心が奮える。
人はそれぞれの経験に応じて、それぞれの琴線を持つようになる。
センサーが敏感に、多様になればなるほど、物事に反応しやすく
なるのである。
人の痛みを自分の痛みとし、人の悲しみを自分の悲しみとし、
人の喜びを自分の喜びと出来る琴線を持つ人は、悲しみや喜びも、
辛さや苦しさも自ら経験し、自らの感受性を高めてきた人であろう。
仮に直接的に響かなくとも、似通った琴線を自ら弾くことで、
苦しみを分かち合い、互いに前進していけたなら素晴らしいと思う。
ただ単に琴線に触れて響くだけなら、それはともすれば
共振となって、互いに後退することにもなりかねない。
出来る事なら、自ら琴線を弾きたいと思い、その弾く琴線が
より多種多様でありたいとも思うのである。
その思いとは裏腹に、自分にとっては最も難しいことでもあると
自覚している。
響こうとする琴線を抑えて、その響きを止める事を男らしさと
考えてきた節があるからだ。
だが、琴線がなければ響くものは何も無い。
少なくとも響くものは確実に積み重ねてきたといえるので、
あとはそれを抑えないで響かせるか、あるいは自ら弾くかである。
自ら弾けるようになった時、それも一つの大きな成長で
あるかもしれない。
投稿者: jetlinks
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