2007/3/28
この数ヶ月というもの、お酒どころではなかったせいもあってか、
飲む夢というものをまるで見ていなかったのだが、ここ最近、
何度か夢で飲んでいる。
これまた、今までとは違ったパターンで、飲んでしまったと
悔やんだり、また一からやり直しと、投げやりになったりとか
ではなく、ハッキリとした自覚で、1週間に1日だけを
飲酒解禁日としていて、飲んでいる。
つまりその日は飲んでいても、後の6日間は飲まないという、
コントロールが出来ている自覚と認識において飲んでいる。
裏を返して、意地悪く自分を見つめれば、もう自分は、
それなりの意識と、自覚を持って、飲酒のコントロールが
出来るまでになったという、自負というか、驕りが潜在的に
あるのかもしれない。
しかしながら、覚醒している理性は、反対に、覚醒している
からこそ、飲まないでいられるという事を強く認識している。
飲む飲まないというよりも、この自己の理性を覚醒させた状態で
生活するのか、再び麻痺させてしまうのかという選択肢において、
制御不能となる事が明らかな道を選ぶほど、軽い経験をしてきた
わけではない。
「飲めない」でも、「飲んではいけない」でもなくて、
「飲まない」ただそれだけの事である。
冷静な理性は、この夢に対しても、また新たなパターンで、
『彼』が仕掛けてきているという事を、見抜いているのである。
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