2007/3/4
長男というものは、自然に振舞っていても、下の兄弟達から
嫉妬されるものらしい。
所帯をもつや、すぐさま自立して、親元を離れた私と違って、
妹も弟達も、所帯を持つことはもとより、全てを親元との
しがらみの中で生きて来た様だ。
しがらみというのは、良い面ばかりではなく、対極として不満や
嫉妬などの屈折した感情がわだかまるものなのであろう。
全く独立した一個の人間として生きている私を、勝手気ままと
とらえていたのかも知れない。
そんな蓄積された鬱憤を、私に向けようものなら、それを
頑として阻むものが、母親であった。
そばで何かと心を砕いているにも拘らず、時折見せる母親の
私への愛情に、更に嫉妬心を募らせていたのであろう。
母親が亡くなると同時に、堰を切ったように、噴出しだした。
自分がこの病気に至る経緯を、母親を失ったことを基点として
解釈していたが、どうやら、あらゆる意味でその事に間違いは
ないようだ。
家でゴロゴロしている父親にはどうしようもない嫌悪感を
持ってしまうが、仮にそれが母親であれば、身体が不自由で何も
出来なくとも、孫の話を聞いてニコニコしている姿が目に浮かぶ。
その姿を心に思い描くだけで、安らぎに包まれる。
母親はいつも言っていた。家庭を守りなさい。子供をしっかりと
育てることを第一に頑張りなさい。。。。 亡くなった後も、
夢に出て来てまで、私を諭したものだ。
今の自分にとって、癒しの場である家庭が、重苦しい空気に包まれ、
かなり限界に来ていた。 診察の時に先生に相談すると、即座に、
自分自身が潰れてしまうと、断定された。ワーカーさんとも相談の上、
やはり、地元で住まいを確保し、生活を自分でしていくという方向が
父親にとって、最も好ましいとの結論になった。
1 | 《前のページ | 次のページ》