本日、総会へ出掛けました。
休みが長かったせいでしょうか、何となく出掛けるのが億劫な
気分でしたが、何か得るものがあるに違いないと、出向きました。
休み前には楽しみにしていたのが、嘘のようです。
体験発表は、どれも凄まじいものでした。何年、何十年と断酒を
継続していても、たった一杯の盃で、元の木阿弥となり、
止められなくなってしまう事、断酒の身で、お酒の場に身を
置く事は、やはり侘びしく、切ない故に、極力避ける事等、
自分の立場に置き換えて聞ける内容も多かった様に思えます。
この病気は、常識では考えられないような事もさせてしまいます。
余命わずかな母親を病院へ見舞い、その見舞金をくすねて、
お酒を飲んだ事、それにもまして、母親の指から、金の指輪を
抜き取って、お酒を飲むために質屋へと走った事などを、
慙愧に耐えないようすで、涙ながらに話された方がいました。
今となっては、どれほど悔やんでも、その方にとっては、
取り返しのつかない事ですが、逆にその事がその方の断酒の
力となり、断酒継続がお母様への供養となる事は明らかです。
改めて、この病気の恐ろしさというものを、思い知らされました。
そして、その、常識では到底考えられない事をしでかす「患者」を
周りの人たちが理解し、認知する事がどれほど困難であるかと
いう事に、思いを馳せました。
まさに、「凄まじい」という印象を刻んで、帰って来ました。