2006/8/13
ワーカーさんと話をしていた時に、そのままではないが、何となく
意味合い的に、「優等生になる必要は無い。」ということを
仰っていたような気がする。
「こうあらねばならない」、「こうあるべきだ」が、前面に出ると、
固い話になるだろうし、自分も固くなる。
「自分はこう思う、こう考える」という事が前面に出ても、
同じであろう。
とすれば、このブログの記事には、随分と固いものが多い事になる。
まあ、自分の主観を記事にしている以上、致し方無い面もあると
思うのだが。。。。
と、待てよ? 主観? いやいや、本来は、自分の回復の軌跡を、
客観的に見つめながら、記事にしていくつもりであったのが、
いつのまにか、主観的な考察の記事が多くなっていないか?
例会での発言でも、自分自身の「こうあらねばならない」が
前面に出ているかもしれない。
飲んでいた頃の事は、自責の念や、反省や後悔が付きまとうので、
客観的に述べる事が出来るが、断酒を継続している中で、考える
事は、ついつい、まともな頭で考えている事だからと、
過信していないか?
自分の場合は、形の謙虚さは常にもっていますが、内面の謙虚さは
過信や驕りで、だんだんと薄れていく傾向があるので、時に、
猛省が必要です。ひとりよがりの断酒であれば、意味がありません。
人の話や意見に振り回される必要はありませんが、まずは、人の話を
聞く姿勢が問われるのです。
断酒継続という、ある周期的な緊張の状態において、過信と驕りは
大敵であり、謙虚さのみが継続の力となるのです。
私が肝に銘じておかなければならない事です。
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