私は万葉集が大好き(´д`)
何故か?
それは、「純愛」だから。
万葉の時代は大した時代だ。
ウタに願いや気持ちを託し、想いを伝える。
返事を待つ時間はどんなものだったんだろう。
現代は、電話・メール・車・電車・飛行機など、会う手段が手軽に、しかも選択肢がある。
会いたいと想いさえすればどんな手段でも伝えられる。
会いたいと想い、時間さえ許せばどこまでも行ける。
しかし、それが叶わなかった時代には、ウタに想いを寄せるしかなかった。
素直に恋心を伝えることが出来たら楽なのにねぇ…というのが共感点(笑)
今、大人になった自分にカツを入れるには最適!
会えないことの辛さではなく、次に会うときのために自分を磨こう。
でも、そんな私の好きなウタはこんなウタ(笑)
《道の辺の 草深百合の 後もと言う 妹が命を われ知らめやも》
作者〉柿本人麿呂
意味〉※草深百合…草深い所にある百合 ※妹…愛する女 ※命…寿命
【直訳】求愛を体よく断られた男のウタ。
「後でね、と言うあの女の寿命など私は知りはしない」
と言う一首の意の裏には、
「何故今ではダメなのか?」
と言う作者の女に対する苛立ちがある。
上二句は「後(ゆり)」を導く序詞。
現代的に言えば、
『君は「またね」と 軽く言うけど、例えば君が明日死んでしまったら、
僕らはもう二度と会えないんだよ』
ん〜、深い。
でも、言われてみたいかも(*^_^*)
常に受け身な私は、万葉集がバイブルになるかも。